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2015年3月

2015年3月19日 (木)

無料開館のお知らせ

東北学院大学博物館です。

東北学院大学では、3月24日(火)に卒業式が行われ、当日は本博物館も無料開館になります。

開館時間は通常通り、午前9時30分から午後5時(入館は午後4時30分まで)となっております。

皆様のご来館を心よりお待ちしています。

2015年3月 4日 (水)

ひなまつりでしたね

 こんにちは。考古学の横田です。

 先日はひな祭りで、全国各地でそれぞれに工夫を凝らされた、あるいは伝統をしっかと受け継いだ雛人形が飾られているという報せが飛び交っていました。最近では、一口に雛人形といっても、個人で作成している方も多くいらっしゃるご様子。ネットにアップされている写真を見ると「最近の雛人形は進んでるなー」だとか「こういうのが今の雛人形なんだな」とか改めて関心を抱かされる思いです。

 例えば、犬や猫、あるいはアニメーションのキャラクターを模したり。あるいは素朴ながら、折り紙のお雛様だったり。かと思えば一方では、十数段に及ぶ豪華絢爛な雛壇が見られて、我が家のちらし寿司もなおさら美味しゅう頂けた次第です(私事失礼)。

 ここで一考入れてみれば、このような雛人形の変遷もあるいは学問的好奇心の対象になります。

 大きな目で見てみれば、雛人形はそもそもルーツの一つが、流し雛だったわけです。門外漢の自分はあまりよく分かりませんで下手なことは言えないのですが、流し雛の一般的なイメージは、体に先の一年でたまりにたまった厄、あるいは悪い気といったものを紙型の流し雛に(体へこすり付けるなどして)移し、それを川などへ流して厄払いとした、というものです。

 当館に所蔵されている人面墨書土器も実は同じような存在であります。

 こちらの場合、土器の壺の中に、息ごと悪い気を吹き込めて、封をしてそれで流す、というような仕様だったようです。

 ただ、「水場へ流す」という点は同じくしながら、相違点が多くあるのも特徴です。

 発見されるのが、川だけでなく井戸跡や土坑(人為的に掘った穴)である点。つまり、厄を込めて土器を封じ込める場所が川だけでなかったという可能性です。

 第二に、当館所蔵のものと同じく市川橋遺跡出土の人面墨書土器に、

             ■仁九年六月六日上■      ※「■」は判別不能文字

と書かれているものがあり、流す儀式が三月三日の桃の節句(上巳の節句)だけではなかった可能性もあります。あるいは、土器の製造年月日を書いただけかも知れませんが。

 また、同じく祓いの儀式といえども様々なバリエーションがありました。同じく市川橋遺跡では、あの世の神、つまり閻魔王への饗応儀式(供物などを神様へそなえ、歓待する形式を取る儀式)に使われたと目される土器も一定量出土しています(以上、参考としてhttp://www2.lib.yamagata-u.ac.jp/you-campus/tuad/kiyou-tuad/12/p00780090.pdfより引用、PDF注意)。

 中には、古代では人面墨書土器のほかにも人形や馬型なども存在していました(http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1227078972143/files/inori.pdf、PDF注意)。

 ゆえに、人面墨書土器を使う儀式のみならず、古代は様々な儀式が共存し、しかも当時の人々の信心深さなどもあるのでしょう、現代・近代よりも盛んに、独特の日程を持って執り行われていたようです。

 比較対象が古代も古代だと若干離れすぎているのですが、では現代ではどうでしょう。

 それは冒頭に書いた通りです。決して悪いことではないのですが、儀式、というよりもひな祭りをお祝いごとの日、として楽しむ側面が強くなっているようです。しかし中には厳格に祭事としての雛祭りを守っているところもあるでしょう。共存、とまでは言わないにしろ共に相見られるのが現代です。

 では、どうしてこんなに様変わりしてしまったのか? ……などと、古代から現代までのぽっかり空いた時間のことを考えたくなりませんか。

 また、雛祭りは何も伝統文化的なことばかりだけではありません。

 この記事をご覧の皆さんは昨日何を召し上がりましたか? ちらし寿司? 甘酒? 菱餅? それとも雛あられ?

 コンビニやスーパーで買って召し上がった、という方もいらっしゃるかもしれません。よくよく考えれば、そういう販売の場では雛祭り限定で、菱餅や雛あられを売る特別な仕事を昨日まで行っていたのではないでしょうか?販促として、つまり雛祭りグッズ売り出しますよーと特別な宣伝やブース設営をしているのではないでしょうか。

 ここでは商業について言ってみましたが、何もそれは商業の話だけではないはずで、ほかの分野にも当てはまるかもしれず、それは「雛祭りの日にそういうことをする」という、大きな目で見たときの「文化」でもあると思います。いつの時代も継続的にそういうことを行っているのであれば、立派な体系立った文化だと思うのですが如何でしょう。

 三月三日がいかに派手に脚色されてきたお祭りだからといって、それはこれこれこういう風に成り立ちあるいは変遷してきた文化なのだ。良いも悪いもなくそう捉え直し、有り様を見つめ、あるいは時代の流れを整理してこれからその現状がどうなっていくかも考える。斬新すぎる雛人形が現れようとも、それは一つの新しい「文化」になりうるんですね。

 もちろん四六時中世の中の考察ばかりでは、せっかくの祝日も楽しめないのではと思いますが(汗)、実際考えてみることは大事だと思います。なぜって、それは少なくとも自分の知らない世界のはずだからです。学問(とまでは堅苦しくいかなくとも)という、普段とは違う視点で眺めてみると、それはオモシロイのかもしれませんよ。

 現代からのくだりは実際民俗学などのご専門なのでそちらに譲りますが、わたしたち学問の世界では、あるいは大学の研究活動ではこういうことを考えているのです。

 長くなりましたが、ご覧頂きありがとうございます。

 では、また。

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