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2015年1月

2015年1月29日 (木)

考古学ゼミより

 こんにちは、そして遅ればせながらの明けましておめでとうございます。学芸員の横田です。

 博物館は、今年も学院大の諸研究の基点として多くの情報を発信していけるよう努力邁進してまいります。どうぞ、本年もお付き合いいただけたら幸いです。

 今回は考古学分野からです。

 我が学院の考古学ゼミは、特に今回は自分の所属の辻ゼミナールについてご紹介しますが、平生冬季は屋外での発掘等は行わず(春になってからはゼミで合宿での発掘などがあります)、屋内での実習などに終始するのですがしかし! 夏を終えてからのこの時期に大切な作業があります。

 夏の発掘での調査報告をまとめる作業です。

 いかな発掘とは言え、その成果を世間へお知らせできるような形でまとめなければ掘り方をして終わりとなるだけです。よって、毎年大学の紀要に載せる報告づくりをこの時期にゼミ生の手で行っているのです。

 辻ゼミではここ数年、福島県喜多方市にある灰塚山古墳という前方後円墳の発掘に従事しています。今年の夏でおかげさまで第5次発掘になります。この古墳、かつて昭和の時期に測量調査をされ、おぼろげながら全体像はつかめていたのですが、築造時期も埋められているであろう古墳の主も長らく知られていませんでした。

 そこで我がゼミが名乗りを上げ発掘に着手、今まで墳丘中途にあるテラスと思しき段平面の確認や、2014年度では、埋葬された棺が腐敗して陥没した跡である陥没坑の発見などの成果を上げております。しかし、古墳の具体的な年代等に関する遺物はまだ発見できておらず、埋葬部の発掘にかかる今年に期待がかかるところであります。

 この古墳の特異なところは、後円部の墳頂に中世の塚が築かれている点です。これは一昨年の発掘で「礫石経塚」というものであると判明いたしました。平たく言うと、中世から江戸時代にかけて、地域の人々により未来の仏の救いを求めてお経を埋めた塚のことで、灰塚山のものは約10m×9mの長方形の基壇に高さ1m足らずの団子状の上段が乗っているという構造であることが判明しています。このように構造がはっきり検出できた経塚の例も珍しいのではないかとのことです。

 ここでは、紙に書いた巻物のお経の代わりに、お経の文言を一文字ずつ、あるいは数文字ずつに分けて小石に記し、埋めるという礫石経の形式をとっており、今まで150点以上が出土しているほか、礫石経とともに基壇へ埋められた礫が大量に出土しています。ゆえに発掘は困難を極めましたが……汗

 以下はその出土礫石経の一部です。

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 文字が確認できますでしょうか?

 また、この発掘に際して、同じく後円部墳頂にて3、40cm立法大の石材が草に埋もれて転がっているのが発見されました。どうやら、かつて墳頂部に建てられていた小型仏塔、正確には宝篋印塔というものと思われますが、その台座に使われていた石材ではないかとのことですが実情は未詳です。側面三面にわたり、彫り付ける代わりに何らかの文字が墨書きしてあるようなのですが判読は難しそうです。

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 只今、その平面図などを鋭意作成中です。

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 と、いうことで、今回の報告書はかなり分厚くなりそうです。古墳本体の情報でないのに分を取られるのは残念なことではありますが、一方で今まで謎だった塚の全容がここまで突き止められたというのも、喜ばしい話と思います。

 今年の夏はいよいよ、前述の通り古墳の主のおわす埋葬部にとりかかります。報告書とともに、ご期待いただければゼミ一同嬉しい限りです。

 以上、冬のミニ中間発表でした。

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