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2013年11月

2013年11月27日 (水)

レプリカについて その3(完)

御無沙汰しております。学芸研究員の今井です。

前回は「計測模造」について考えてみましたが、今回は残りの疑問、「もしも技術が進歩して、材質、形、構造すべての面で完全なコピーができるようになったら一次資料と二次資料の区別はなくなるのか?」について考えてみたいと思います。

我々は習慣的に一次資料を本物、二次資料(今回は模造品を指します)を偽物と呼んで区別しているわけですが、そもそも本物と偽物の差はどこにあるのでしょうか。

模造技術が完全ではない時代(現代もそうです)の場合はわかりやすく、本物と偽物の差はその情報量の差にもとめられます。前回、前々回と「型取り模造(レプリカ)」と「計測模造」について述べてきましたが、両者それぞれなんらかの情報は不完全なものにならざるを得ませんでした。レプリカならばその材質・構造において、計測模造ならばその形状において、一次資料の情報量にかないません。このような、オリジナルとコピーの問題は、博物館資料の模造以外のみならず、文献史学でも生じます。古文書を例にとれば、現物の古文書→それを写真撮影したもの→そこから翻刻(活字化)したもの、という順でそこから獲得できる情報量が減少してゆくため、資料的価値は下がっていきます。かくして今のところ、一次資料の価値は情報量に担保されて、確固たるものになっているわけです。

しかしながらもし、このまま技術が進歩して一次資料と二次資料の情報量に差がなくなったとしたら、歴史資料における本物(オリジナル)とレプリカ(コピー)の差は消滅するのでしょうか?この問題を考える端緒として、ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」の一節を手がかりにしてみます。

「どんなに完璧な複製においても、欠けているものがひとつある。芸術作品のもつ、<いま-ここ>的性質―それが存在する場所に、一回的に在るという性質である。」(「複製技術時代の芸術作品」『ベンヤミン・コレクション1 1995 [1935] P588

ベンヤミンは、これに対して当時(1930年代)新たに台頭してきた複製技術時代の芸術作品(写真や映画)が<いま-ここ>的性格を無価値なものとすること(=アウラの衰退)を論じ、この分析を通じて当時の大衆社会の性質を明らかにしたわけですが、私が先の一節をヒントにして考えたいのは、歴史資料における<いま-ここ>的性質です。

歴史資料における<いま-ここ>的性質とは何か。今回は大きく分けて二つの方向に考えをめぐらせてみたいと思います。

ひとつは<ここ>、つまり一次資料が占める場所の問題です。歴史資料はそれ単体でも十分な意味を内包していますが、その資料が存在する場を含めて総体的に見ることで、より多くの意味を読みだすことができます。ここで極端な例として、東大寺盧舎那仏像(通称奈良の大仏)を考えてみます。あの大仏ですが、あれは奈良公園の大仏殿にあるがためにより多くの意味があるのであって、もしもニューヨークの自由の女神がいる場所に鎮座していたとしたら、それはギャグでしかありません。つまり大仏が鎮座する土地が背負ってきた歴史、1200年以上前の政治の中心が奈良であったがためにあの場所にいるという事実を含めて価値があるのであって、たとえ完全なレプリカを製作したとしても、本物がいるあの場所に座ることが出来ない以上、オリジナルに完全に追いつくことはできないのです。これは歴史資料が形をもった物体であり、物体は必ずどこかの空間を占めるという性質から生じる帰結だといえます。これは複製技術作品(写真・映画)が本来的な場所、唯一のあるべき場所を必要としないこととの対比でみるとより鮮明になります。

資料と場所の関係の重要性をもう少し詳しく考えるために、今度は復元された民家を例に考えてみます。多くの野外博物館に展示されている民家は、もともとあった場所から移築して復元したものがほとんどですから、資料単体としては一次資料に相当します。しかしそうした本物でさえ、それが本来占めていた場所から移動させられたときには、少なからず意味を失います。なぜならば民家はそれ単体で存在するものではなく、周囲との関係において成立し、変化してきたものだからです。つまり、それはいかなる自然条件に対応したものなのか(雪、洪水、台風など)、そこはどんな立地条件だったのか(山深い奥地、大きな川のそば、人々の行き交う町場など)、どちらの方角を向いていたか、集落の中でどんな位置を占めていたのかなど、これらの情報を移築された民家から読みとることは相当難しくなります(もちろん過去の類例をもとにして帰納的に推理することは可能ですが、それでは本末転倒です)。かくして資料は場所との関係において十全にその意味・価値が見いだされるのであり、本物(オリジナル)の真正性は場所との関係において担保されるのです。

歴史資料における<いま-ここ>的性質、考えてみたいもうひとつの方向は<いま>、つまり時間性の問題です。先に場所との関係において本物(オリジナル)とレプリカ(コピー)の差を考察することで、本物の優位性を担保しましたが、それならばやはり、物それ自体においては本物とレプリカの差はなくなるのでしょうか。

ここでもベンヤミンの一節を手がかりにして考えてみます。

「ある事物の真正さとは、この事物において、根源から伝承されうるものすべてを総括する概念であり、これにはこの事物が物質的に存続していることから、その歴史的証言力までが含まれる。」(「複製技術時代の芸術作品」『ベンヤミン・コレクション1 1995 [1935] P589

ここでヒントにしたいのは「事物が物質的に存続していること」、つまりその事物が形作られてから経てきた時間についてです。残念ながら「歴史的証言力」に関しては、完全なレプリカが登場した時点で本物(オリジナル)とレプリカ(コピー)の差は消滅せざるを得ません。材質、内部構造、小さな傷跡、すべてコピーするのですから人間が読み出すことのできる情報量は変わらないわけです。しかし、その物質が形造られてから経てきた時間の長さに関しては、コピーがオリジナルをもとにして造られるという性質上、絶対的な差が生じます。たしかにこの時間性そのものは人間には認識できませんが、一次資料を手にした時に感じる独特の重みというのは、根源的にはこの時間性に起因するものだと思います。

現在大学では津波で被災した民具を一時的に保管させていただいておりますが、この資料は昔誰かの手によって造られ、生活の中で使われ、民俗資料として収蔵され、津波で被災して、めぐりめぐって大学に来たものです。それを手にする時に感じる不思議な感覚は、本物だからこそ生じるものだと思います。もちろんレプリカが完全なコピーであれば、こっそりすり替えられてもそれに気がつくことはないわけで、その意味では本物の真正性を成立させるのは「これは本物である」という言説でしかないのですが、人間が認識できるところは別のところで、本物(オリジナル)とレプリカ(コピー)の差はいつまでも保持され続けます。縄文時代に作られた土器の破片を10000年を経た今私が手にしている。ここに本物が本物であることの価値があるのではないでしょうか。

以上いろいろと書いた割に最後は感情論になってしまい申し訳ありませんが、とりあえずはここで「レプリカについて」の考察を終えたいと思います。読んで下さった方(いるのだろうか…)ありがとうございました。

以上学芸研究員の今井でした。

参考文献

ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクション1 』筑摩書房1995

2013年11月 6日 (水)

文化財登録記念パネル展「-登録有形文化財-デフォレスト館の魅力・再発見」のお知らせ

本博物館において、文化財登録記念パネル展「-登録有形文化財-デフォレスト館の魅力・再発見」を行っております。

デフォレスト館は、1887(明治20)年頃の木造二階建てで、アメリカのコロニアル様式を取り入れた西洋館です。1886(明治19)年9月に仙台に設置された宮城英学校(新島襄校長・翌年6月、東華学校と改称)のキリスト教宣教師 J・H・デフォレストの住宅として建てられました。そして、2013年3月に国の登録有形文化財に登録されました。

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パネル展では、デフォレストの経歴やデフォレスト館の建築様式、さらには当時の仙台の様子などが分かりやすく展示しております。

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また、デフォレスト館ハンドブックもご用意致しておりますので、ご自由にお持ちください。

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展示期間は10月26(土)~12月28日(土)です。是非ご来館ください。

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